犬になる父親
私の古い記憶。父と弟と遊んでいた。父はよく馬になってくれた。二人で代わる代わるその背に跨がる。ヒヒーンと馬の真似をする父は上機嫌で、みな笑顔だったと思う。楽しかった。と思う。ある時までは。
誰が言ったのだろうか。私だったのか?「今度は犬になって。」犬は背に誰も乗せない。ただワンワンと鳴くだけだ。父は犬になることを楽しんだ。私たちも「パパが犬になっちゃった!」と喜んだ。キャッキャと笑う子供二人。よい観客だ。気持ちが乗ってきたのか、唸り声をあげだす犬。最高の演技。舞台は止まらない。
ただ吠えるだけの犬にも飽きた。違う遊びもしたい。弟も少々戸惑って居るように見える。私は言った。
「パパに戻って」
私の魔法は効かない。ワンワンワンワン。もうそれを辞めて欲しい。元に戻って欲しい。弟と二人で必死に訴えた。パパ!どうしたの!パパ!もうやめて!パパに戻って!それでもずっと狂ったように吠え続ける犬。私の父親だった人は楽しそうに笑っていた。私がいけないんだ。私が遊ぼうなんて言ったから。
泣き出した子供たちの声に、台所仕事をしていた母親が駆けつけてくれた。母に怒られたた父が何と言っていたかは思い出せない。ただ本人に悪気はないことは分かった。
このエピソードを大人が語れば、「子供たちと遊んでいたら、楽しくなっちゃってちょっと悪ふざけしすぎちゃったお父さんでした。ごめんごめん。てへ。」かもしれない。でも忘れていたこの記憶を思い出した私は、号泣と過呼吸に苦しんだ。
私はこのことを謝って欲しい訳ではない。でも、無かったことにもしたくないのだ。こんな経験が山ほどある。それがこのブログを始めた理由である。